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2020.6.14Dr.Yahata's Tweet

久々の外出 ~京都へ~

このところ何処にも出歩いていませんでしたが、先日京都へ行って来ました。

母と息子と3人で。
梅雨曇りでしたが久しぶりの京都で楽しかったです。

 

延ばし延ばしになっていた 母の義眼の調整を早急にしなくてはならず、コロナが随分下火になったこのタイミングでの外出でした。

 

義眼って定期的に微調整や作りなおしをしなくてはならず、その度に目に違和感や痛みが出るため、一生患者さんにとっては痛みが伴う手当てが必要となる辛く大変なものなんですね。

目に痛みがある・・・なんて、ちょっと考えただけで辛いです。

 

 

 

 

 



母ひとりで行かせるのはあまりにも可哀想なので、ワタクシか妹君が車で連れて行って制作技師さんと細かいやり取りをするのです。
母はおとなしいのでいい加減なことされないように、圧をかけている感じでしょうか?(怖!)
父が付いて行ったこともあったのですが、まあ、男ってそういう時に全くもって役に立たないもんで、その腹立たしい経験から(笑)ワタクシか妹が必ず連れていくことにしているというわけです。

 

 

ワタクシは子どもの頃から母を守るのが自分の使命だと思い、物心ついた頃から人をシバいていた記憶ばかりです。

母は5歳の時に無免許運転のバイクにはねられ、ハンドルが目に刺さり目玉がとれて随分と大変な人生を歩んできました。

そのことで周りの子どもなど(大人でも色々と言って来る人もいました。信じられないでしょうけど。)にからかわれメソメソ泣かされる弱い対象であったワタクシ。

3~4歳ころまでは大人しくて弱かったワタクシですが、"やり方"を覚えてからはみるみるうちに強くなり、からかう人間たちをとっつかまえてはボコボコにするという、およそ女の子とは思えない喧嘩三昧の毎日で、いつも母専属の"気を張りつめたSP"みたいでした。(笑)

ブログ前述の、喧嘩無双だったというのはそういった理由からです。


しかし、母を守るためにたとえ力技であっても私なりに努力した子供時代は今になっては良い思い出ですね。


私を強くするために決して母は口出しをせず決して助けようとせず、自分で強くなって行く道を考えさせたわけですが、内心とても心配だったようです。
口出しするよりも、見守るほうが心労が多いですからね。
お陰で強くなれました。(笑)

 

 

 

義眼屋さんの向かいにあるお香やさんで母とお香を買ったり、京都のお料理屋さんにも行きました。
木乃婦さんをチョイス。
母、喜んでくれるかなぁ・・・。


母はいつも写真を嫌がりますが、
「ここで撮ろう!」
と自ら言っていたのでよほど楽しかったようです。(嬉!)

 

 

 

 

 

 

 

美しく趣ある個室に通して頂きました。

 

梅雨に合わせた季節感溢れる箸置きがカワイイです。
ハスの葉の上のかえるです。

 

 

 

 

 

 

 

料理を逐一晒す趣味はないので写真は出しませんが、前菜から最後までお料理はどれも素晴らしかったです。

 

 

 

 

賀茂ナスとアワビのお鍋、母が大いに気に入ったせいでアワビを半分奪われました。(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとこんな美味しいアワビ食べたことない~!と言って大喜びの母。
のけぞって喜んでいます。
事実、本当に絶品のアワビでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

息子もとても嬉しそうで、本当によかったなぁ~とホッとしました。

 

約15年前の昔のことですが、両親は私が重度心身障害の息子を引き取りひとりで世話することに物凄く反対していました。
「親に全面的に反抗してまで考えを通そうとするなんて、二度と敷居を跨がない覚悟はあるのか!医者の仕事だってどうするつもりだ。この恥さらしが!」

と言われましたが、

「親子の縁を切ってでも私は自力でやる。息子とあなたたちは関係ないと思ってくれていい。ずっと将来、恥ずかしいのはアナタらだよ。」

と言い切りひとりでやってきたワタクシ。

・・・イヤでしょうね、こんな強気なムスメ。

しかし、私の気持ちとしては、子どもの頃から母を守り続けてきたのに、母に見放されたように感じて孤独でしたね。
母は私が子供のころから医者になることを目標にやって来たのを見てきたので、その人生が壊されてしまうように感じて、何とか"私の為に"阻止したかったのだろうとは思います。

そして、「助けて~」と泣きついてくる"可愛げ"を娘に求めていたのかもしれません。

 

 

失うものもあるかもしれないが、違う案だって出てきて面白いかもしれないじゃない?
アレが出来ない、コレはムリ・・・なんて考えて何になるの?

なんて、いつも私は考えていますが。

 

 

色々あっての、今。
全てに感謝したいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

3代目当主の、高橋拓児さんが最初から最後までお話いただき最高のおもてなしをして下さり、母の喜ぶ顔に胸がいっぱいになりました。


NHKに出られているころから母はファンだそうで、最初にご挨拶に来て下さった高橋さんを母は眼鏡を替えてまでまじまじと見て、
「うわぁ~すごい!一緒に写真撮りたい!」
なんて、珍しくはしゃいでいました。


ワタクシも高橋さんの知性あふれる雰囲気は以前から大好きで、大学で研究も続けておられるお姿をずっと尊敬しています。

 

お料理の素晴らしさ、おもてなしをして下さった高橋さん、導いて頂いた方々に心から感謝でした。

 

 

 

 

 

 

 

本当は息子と私も入って4人で撮ったのに、ツーショットの切り抜きに加工して欲しいと母に言われ・・・。(笑)

 

なんでやねん・・・。(笑)

 

 

 

色々なことがありましたが、時の流れ、導き、そして今があることに感謝できた珠玉の時間でした。

 

 

 

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